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2005年09月08日

アンテナ

[ essey ]

ピンと張った感性のアンテナに響く瞬間がとても好きだ。

それは、例えば今まで見たことも無い美しいディスプレイを見つけた時であったり、
洒落た生活雑貨や調理道具に出会った時であったり。

周囲の人の一瞬のさりげない気配りに気づいた瞬間であったり。
ふと、こぼれてくる会話の中で見つけたお気に入りの言葉であったり。
汗ばむ駅の構内で出会った素敵な女性とすれ違いざまに
漂ってきた涼しげできりりとした香りであったり。

美しいもの、自分の知らない世界、
五感を刺激してくれるありとあらゆる分野に興味津々。
それにつられて、いろんなアイデアが次から次へと溢れ出し、
時間を忘れて意欲的に創作活動にのめり込んでいけたりする。
言うなれば、アンテナから伝わったプラスのエネルギーが体の中におさまりきれず、
外に向かって光を発し続けるような感覚。

けれど、そんな感性のアンテナに触れるのは良いことばかりではない。
喜怒哀楽。感性の振り子がプラスに大きく振れるというのは
マイナスの作用も強くなるということだ。

素敵なことを敏感に感じとれることが出来るかわりに
嫌なことにも敏感になってしまう。
そういう時には創作への情熱など微塵も感じられずに
ただ日々の生活に埋没するだけになる。
敢えて自分を奮い立たせて作業机に向かってみても、結果は燦々たるもの。
ただため息をついていたり。

そんな時にマイナスのエネルギーを溜め込んでいる人と
同じ時間を過ごしてしまうと大変なことになる。
ただでさえ、マイナスな自分であるというのに、
許容量以上に相手のマイナスエネルギーを取り込んでしまうからだ。
こちらがプラスでもないマイナスでもないニュートラルな状態であっても、
マイナスな気持ちに引きずり込む人というのも結構存在するものだ。
一見、明るくプラスのエネルギーに満ちているように見える人から
悪意のある言葉が流れ込んで来た瞬間
無防備にその悪意に曝されたことも一度や二度ではない。
プラスもマイナスも必要以上に感じ取ってしまうのも、感性なのだと思う。

幼少の頃から、周囲から考え過ぎ、深読みしすぎと指摘されることが多かったのは
今考えれば感受性のコントロールが難しかったからかもしれない。
年を重ねるごとに少しずつ相手との間合いを推し量ったりしながら
少しずつコントロールが出来るようにはなりつつあった。

そんな調子なので、よっぽどのことが無い限り
普段の生活の中では自分を閉じていた。
けれど、様々な創作活動をスタートしはじめてからは
閉じてばかりもいられずに
マイナスのエネルギーを取り込まないようにしながら
自分を解放していることが多くなった。

流れ込む悪意やマイナスのエネルギーは
いつも閉じていた頃より感じるけれど
プラスのエネルギーが満ちていく心地よさや
ピンと張った感性のアンテナに響く瞬間を
無防備に味わえることほど素敵なことはない。

投稿者 ジェイ : 2005年09月08日 23:44

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